子どもの道徳性が育ってないと感じた出来事【学童保育】

子どもの道徳性を育むために何が必要なのでしょうか。

最近、子どもの姿が気になってこの記事を書いています。
良い悪いの判断が曖昧になっている子が増えている気がしませんか?

普段、保育園や学童に勤務しているのですが、暴言や暴力、物の使い方など目に場面が増えた気がしています。

何が原因なのでしょう?乳幼児期の保育が影響しているのでしょうか?

子どもの道徳性が育ってない?

文部科学省の道徳教育で育成を目指す資質に、”自立した人間として他者とともによりよく生きる”という言葉が書かれています。

最近の学童での出来事ですが、学童のバスに落書きがありました。
座席シートに油性のペンで…。

バスの利用の仕方については、前々から注意をしています。例えば、紙切れを置いて帰ったり、靴の砂を落としてから乗ったりなど。
伝えてはいるもののなかなか改善されません。

今回のバスの落書きについては、ある高学年が気づいて教えてくれました。
すぐに、学童バスを利用する子どもたちを集めて話をしましたが、「自分がやりました」と出てくることはありませんでした。
このことがキッカケで、子どもたちの他者への気遣いや、思いやりなど育ってないのでは?と感じ、最近よく考えています。

 

他者の立場になって考える事ができない

学童バスを利用する子どもたちに、「バスに落書きがあったのどう思う?」と一人一人聞いてみることにしました。

「良くないと思う」「悪いと思う」「そんなことしない」「○○が怪しい」など…。

次に、「先生たちがどんな気持ちか分かる?」

「嫌?」「お金がかかる?」「掃除がめんどくさい」など…。

なんか、思ってた回答と違う気がしました。そっけないというか、大人の立場になって考えきれないというか、子どもたちと話していてそんな印象を受けました…。

 

学童の職員会議などで度々、他人への暴言や嫌がらせなどが問題として挙がります。
その時に、注意をしていこうという結論に至りますが、あまり効果を感じません。

バスの落書きや他人への暴言なども、子どもたちが相手の立場になって考えることができないのが原因じゃないかと思います。
これまであまり意識していませんでしたが、子どもの道徳性を育む取り組みを学童でもやっていくべきなのかもしれません。

 

子どもの道徳性は体験が必要

私の勤めている保育園では、子どもの主体性や子ども同士の関わりを重視しています。目に見えて分かる能力よりも、自主性やコミュニケーション力など目に見えない非認知能力がこれからの時代に必要とされているからです。そのためにも、子どもが関わり合うことで体験する様々な思いや葛藤を大事にしています。もしかしたら、そういった体験が不足していたり、体験させきれていなかったりしているのが原因かもしれません。

 

他者の立場になって考えることができるためには、自分自身の嫌だった体験や悲しかった体験などが必須です。
自分が体験しているからこそ、同じような思いをしている人の気持ちや思いが分かりますよね。

 

今回のバスの落書きの件が起きた原因は、保育園で自分が大事にしているものを壊されたり、汚されたりする体験が不足していたのかもしれません。また、みんなで使うものだから大切に使うという習慣の体験が不足していたかもしれませんし、次の人のために、きれいな状態に戻す体験が不足していたかもしれません。

よくよく考えてみると、自分が小学生だった頃に、掃除の時間があったり、遠足で赴いた場所のゴミ拾いをしていたのを思い出しますが、意味を理解して自ら率先して取り組んでいた記憶はありません。むしろ、言われてやっていたかもしれません。それなのに、公共の場ではごみを拾う意識は今だに持っています。

そう考えると、自園の保育は子ども自身が気づいて行動することにばかり目を向け、大人から子どもへ伝えるべきことを伝えきれていない部分があるかもしれないと思いました。

時代が進み、教育が変化してきており一斉教育から個別最適化してきていますが、一斉教育で養われていた部分は残さなくてはいけないのではないでしょうか。

 

日本人の道徳性は世界一

日本人の道徳性は海外の人たちから称賛されているのは知っていますか?

日本では当たり前の光景ですが、海外から見ると「あり得ない」と思うことだらけだそうです。
例えば、困っている人をすぐに助けることができるのは日本人。落とした財布が手元に戻ってくるのは日本だけ。満員電車の乗り降りの仕方にルールがあるのは日本だけ。人が込み合う所で、進む方向に合わせて列を作るのは日本だけなど。

日本人は当たり前のように、他者への気遣いができる国だと言われており、海外の人たちから評価されています。

これは、日本人が代々受け継いできた文化であり、子どもたちに伝えて残していくべきことだと言えます。

 

道徳性を育むための保育

思いやりや譲り合いなどの他者への気遣いは、子どもが育っていく過程で勝手に習得していくとは限りません。
周りの大人が手本となり示していくことが大事であり、そういった大人たちの姿を見ることが重要です。

そう考えると、保育園で職員同士が思いやりを持って関わり合うことが大事だと言えます。

そして、普段の保育園生活の中で子どもたちに気づかせるような声掛けが大事になるのではないでしょうか。

 

片付けをしていない子を注意する時には、「次使いたい人が困るよ」
給食の食べ残しに対して「お野菜育ててくれた人がいるんだよ、調理さんが作ってくれたんだよ」
作品を壊されたときには、「自分が壊されてたらどんな気持ち?」
「先生は○○されて悲しかった。○○君はどう?」
「○○君のためにみんなで○○しよう」「お父さんお母さんを喜ばせよう」など。

ちょっとした一声で、相手の立場になって考える体験ができますよね。

 

私自身、道徳教育については全然勉強不足です。

今回のことをキッカケに子どもの道徳性に着目して職員みんなで環境作りや保育の内容を考え直してみるのもいいなと思っています。
乳幼児期、学童期と子どもの大事な時期に関わる自覚を持って、日々学び精進していかなくてはいけませんね。

具体的な取り組みなどが見つかったら、続きを書きたいと思います。